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東日本大震災の2年後 :: 2013/12/15(Sun)



東日本大震災は、2011年(平成23年)3月11日(金)に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波、及びその後の余震により引き起こされた大規模地震災害である。


日本だけでなく世界中に知れ渡った大災害。


当日、私は東京にいたため、大震災の影響を受けまいた。

交通は麻痺し人は道路を永遠と歩いて帰路を行く。

忘れもしない3/11。

しかし、現在はどうでしょうか?

少しずつ記憶が薄れてしまっているのではないでしょうか?



震災から2年後の、今年の3月に私は一人で石巻へ行って来ました。

あまりの光景に、シャッターを切るのもためらいました。

しかし、ひとりでも多くの方に現状を知ってもらいたい。

そう思って写真を撮りました。




結局、私のブログに当時撮った写真を載せることはなかったです。

心苦しく、私自身、罪悪感に包まれました。



でもある日の新聞に

【私たちを忘れていませんか?】

そんなメッセージを読んで決心致しました。

少しでも、一人でも多くの方に震災から2年後の姿を知ってもらいたいと思います。


ここから先、本当に心を痛む方もいるかと思います。

私自身、相当心苦しいです。

非常に掲載しづらい文面も書かせて頂きます。

写真も掲載します。

本当に、ここから先を読む、観る方は覚悟の上、お願い致します。




2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、宮城県牡鹿半島の東南東130km、仙台市の東方70キロの太平洋の

海底を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。

地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、日本周辺における観測史上最大の地震である。

震源は広大で、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmのおよそ10万平方キロメートルという

広範囲すべてが震源域とされる。

最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7で、宮城・栃木・福島・茨城の4県36市町村と仙台市内の1区で

震度6強を観測した。



この地震により、場所によっては波高10m以上、最大遡上高40.1mにも上る巨大津波が発生し、

東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した。

また、巨大津波以外にも、地震の揺れや液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊などによって、北海道南岸から

東北を経て東京湾を含む関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、各種ライフラインが寸断された。

2013年(平成25年)12月10日時点で、震災による死者・行方不明者は18,526人。

建築物の全壊・半壊は合わせて39万9,251戸が公式に確認されている。

震災発生直後のピーク時においては、避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上

等の数値が報告されている。

復興庁によると、2013年11月14日時点の避難者等の数は27万7,609人となっている。

日本政府は震災による直接的な被害額を16兆から25兆円と試算している。

この額は、被害が大きかった岩手・宮城・福島の3県の県内総生産の合計に匹敵する。

阪神・淡路大震災では兵庫県1県の県内総生産の半分ほどであった。

世界銀行の推計では、自然災害による経済損失額の大きさでは史上1位としている。




警察庁は2012年3月11日までに、岩手県・宮城県・福島県で検視された15,786人の詳細を発表した。

年齢0‐ 9歳:2.95%(466体)
10‐19歳:2.65%(419体)
20‐29歳:3.26%(515体)
30‐39歳:5.37%(847体)
40‐49歳:7.07%(1,116体)
50‐59歳:11.93%(1,883体)
60‐69歳:18.66%(2,945体)
70‐79歳:23.81%(3,759体)
80歳以上:21.42%(3,381体)
年齢不詳:2.48%(392体)

男【7,360体(46.62%)】女【8,363体(52.98%)】性別不詳【63体(0.40%)】
死因水死:90.64%(14,308体)
圧死・損傷死・その他:4.23%(667体)
焼死:0.92%(145体)
不詳:4.22%(666体)

この震災での犠牲者の死因の殆どが、津波に巻き込まれた事による水死であった。

津波の中には、大量の砂や海底のヘドロ、港湾施設の重油などの有害物質などが含まれていた。

砂が肺に入れば気管を詰まらせ、有害物質が肺に入れば身体を侵す。

水死に至る経緯は、これらで呼吸困難になったり、瓦礫が当たり意識を失ったり、3月の雪の舞う中で低体温を伴ってなど、さまざまな経緯もあったと考えられる。

圧死・損傷死・焼死も、ほとんどが津波による瓦礫が要因となっている。

建造物の倒壊や土砂崩れ、天井の非構造部材の落下、高所からの落下など、地震の揺れそのものが原因による犠牲者は、福島県36人・茨城県18人・宮城県13人・東京都7人など、わかっているだけで90人に上る。

また、高齢者を中心に避難所で亡くなる者も相次いでいる。

避難所の不衛生や寒さによる死者は、2011年3月末までに280人を超えた。

2012年3月末時点での集計で、震災関連死と認定されたのは1,632人(福島県761人、宮城県636人、岩手県193人など)、2013年3月末時点での集計では2,688人にのぼっている。

毎日新聞は2013年9月8日、福島県内の震災関連死による死者数が近く地震や津波による直接死者数を上回る、と報じた。



以上。ウィキペディアからの引用ですが事実には変わりありません。


石巻駅から、海岸方面に進み、住宅地を抜けると平原が広がります。

震災前は平原ではありません。

でも、今は平原なのです。






以前の状態を知りませんが、明らかに人がいて、生活していた跡が

そこらじゅうに残っています。

こんなにも広い平原は、見たことがありません。


【液状化↑】

この写真の後ろにある白い大きな建物は病院です。

震災前、最新機器を搭載した病院がありました。

しかし、この建物は頭まで津波に飲み込まれてしまったそうです。

全ての機器は壊れ完全に機能していません。



↑右奥になるのが、燃えた小学校です。

津波に流された車と車が衝突し、炎上します。

そしてその炎は小学校を丸呑みします。

当時は、この屋上に何人もの人たちが避難していました。

火の手が回り切る前に全員救助されたとのことです。

次回はもう少し近付いて撮影した写真も掲載します。


また、記事にもありますが避難者はまだまだ沢山います。

私が、仙台駅から石巻行きの高速バスに乗った際、石巻に着く間に、いくつもの仮設住宅がありました。

目を疑うほどの数があります。


これが、震災2年後です。

復興という文字は、一切感じませんでした。

再度、現実を見直して頂ければと思います。


また次回も続きを掲載したいと思います。

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